

今年8月30日に劇場公開された映画『マンガ家、堀マモル』が、12月2日(水)からLeminoで独占最速配信されている。
本作品は「映画(シネマ)×コミック」を意味する“CineComi”プロジェクトの第1弾で、未発表の原作(物語)・インディーゲーム・音楽(曲)などと作品の起点となる物語選定の視野を広げ、独自に開発したシナリオでマンガと映画を制作。マンガのネーム作成段階から、映画のキャスト陣と完全連動していくコンセプトだ。
その第1弾が、絵の世界でも活躍するシンガーソングライター・setaの原作をシナリオ化した『マンガ家、堀マモル』。主演は人気・実力ともに急成長中の俳優・山下幸輝、テーマ曲は原作者のseta、エンディングテーマ曲は槇原敬之が務めている。本作は、行き詰まった主人公のマンガ家・マモルが自分自身の過去と向き合い、大切なことに気づいていく再生の物語。3人の幽霊との交流を通じて、主人公が気づいていく“想いを伝えること”の尊さとは──。
【『マンガ家、堀マモル』作品レビュー】
(以下、一部ネタバレを含みます)
絵を描くことに魅せられ、漫画という形で読者に届ける二人が、お互いの才能を認めつつ別々の道を歩む──2024年に劇場アニメ化された『ルックバック』を観た方も多いのではないか。誤解を恐れずに言わせていただくと、一度でも『ルックバック』に興味を持ったことがあるならば、いわゆる「おすすめ」に出てきたと思って『マンガ家、堀マモル』の扉を叩いてみてほしい。漫画やかけがえのない仲間への愛と挫折、この同じテーマを共有する両者に通じる魂を感じると同時に、そこから広がるもう一つの新しい世界と出会えるから。
小さなアパートで畳の上に座り込んだ堀マモルが、丸いちゃぶ台にかじりついて漫画のネームを描いているところから、映画は始まる。鉛筆の芯の先が紙をこする音がASMRみたいで心地よい。一人暮らしのはずのこの部屋に現れて、スランプ中のマモルに漫画のネタをくれるのは、三人の少年少女の幽霊だ。マモルは鉛筆を握った手を動かしながらロウソクを挟んで対面する彼らと会話を交わす。その対話の中から物語が生まれていくのだけれど、じゃあ現実には存在しない彼らが画面に写っているのはどうしてか。それはまさにマモルの中にいる彼らを私たちが目撃しているからだ。原稿用紙と向き合うことはつまり自分の内面と心の声に向き合うこと。本作はその孤独な闘いをささやかなロウソクの灯りのように温かく見守る。
山下幸輝の演じるマモルはいつも口元に笑みをたたえたような表情をしている。誰かといるときも、一人でいるときも、それは変わらない。身近にいたら感じのいい人だなと好印象を抱くと思う。ただ、深くつき合おうとすると壁を感じるのではないか。マモルは自分の心に蓋をしている。自分自身でもそのことに気づいていないぐらいに躊躇なく。同級生の春から一緒に漫画家になる夢を断られたときも悲しみはすぐに封印して笑っていた。感情を見せない=無表情とは限らない。笑顔は鎧でもある。それに気づくと、激しい感情の起伏をぶちまけることなく、穏やかなたたずまいの下に細やかな心の動きを滲ませる山下のアプローチから目が離せなくなる。
山下は公開中の映画『【推しの子】-The Final Act-』で圧倒的な演技力と複雑な生い立ちを持つ劇団ララライの看板俳優・姫川大輝を演じている。今年は春夏秋冬の全クールで連続ドラマに出演、現在放送中の『私の町の千葉くんは。』(テレビ東京)のキャストにも名を連ねていて勢いは止まらない。また、ダンスが得意で韓国の芸能事務所で練習生をしていた過去もあり、ビジュアルと実力を兼ね備えた役者として期待される存在だ。本作の脚本は山下を想定してほぼ当て書きされたというから、マモルのセリフや立ち居振る舞いに山下自身の人生を重ねて観るとより味わい深い。
編集者の光太郎はマモルに「描くってことは、内臓を引き裂いて、はらわたを見せることなんだよ」と告げる。何やら物騒だが、自分をさらけ出すことなくして表現はあり得ないという真実を伝える言葉でもある。それは笑みを絶やさずに生きてきたマモルにとって痛い一撃だったはずだ。だけどマモルにその自覚がなかったことも、そもそも描くものがないという気持ちも等身大の実感としてリアルにわかる。光太郎に「堀マモルはどこにいるの?」とダメ出しされて、無邪気に「ずっとここにいますけど?」なんて返してしまうぐらいにピュアな言動を見ていると、こんなに素直で作り手としてやっていけるのだろうかと心配になるぐらいだ。個性とか自分らしさを求められる一方で、他人に迷惑をかけず和を乱さないことがよしとされて育ってきたのに、今さらどうしろって言うんだよっ!?とマモルの代わりに叫びたくもなる。だがここで上の世代の理屈を真に受けたり、反抗したりしないマモルのキャラクターは、時代遅れのスポ根精神では語れない新しいクリエイターのあり方を見せてくれる。光太郎を演じる岡部たかしのユーモラスな芝居が、シリアスになりがちな局面に可笑しみと優しさをもたらしているのも大きい。
映画の終盤で、マモルはちゃぶ台に向かって漫画を描きながら、かつて言えなかった本音をつぶやいて涙を流す。これは脚本にないワンカットで、本来のシーンをすべて撮り終えた後に追加されたそうだ。そこには「撮影の空気や役者の芝居が積み上がった上でしか撮れないカット」を入れたいという監督たちの思いが込められていて、マモルを生きた山下の集大成となっている。劇中では中学・高校時代のマモルも山下自身が演じており、学ランとブレザー姿のマモルは、文字どおり片腕だった春との日々に向き合う。春を演じた桃果とのケミストリーは必見だ。そしてマモルが描き上げた最後の一コマにはキラキラと微笑む春が。彼女の吹き出しには「バカ」とだけ記されている。
思えばこの映画は(マモルのモノローグ的なつぶやきを除くと)光太郎がマモルを罵倒する「バーカ!」で始まった。その後も「バカ」の二文字は時と形を変えて何度も登場し、光太郎とマモルの会話では両者の関係の気の置けなさを物語り、あるときはアパートの自室に春の気配を感じたマモルが「僕、バカだから分かんないよ」と呼びかける。極めつきは過去の春と向き合ったマモルが受け取る、春の嬉しさと照れが詰まった「バカ!」で、これは何度噛み締めても隠し味がしみる。ちなみに最後の一声も光太郎の「バーカ!」だった。たった二文字でこんなにも豊かなドラマが語れるとは。
過去は自分を苦しめることもあるけれど、過去の自分に救われることもある。過去は変えられないが、フィクションの力を借りれば手をつなぐことはできる。過去と向き合い、和解したマモルだが、ラストシーンでも新作ネームを読んだ光太郎から「一言で言うと、何の話?」と聞かれて「一言では語れないです」なんてとぼけた返しをしているところを見ると、なかなかの曲者だ。さては確信犯か? ふと「順位とか付けられるの嫌だし、上手いとか下手とか誰かに言われるために描いてない」という中学時代のマモルの言葉がよみがえる。繊細に見えてその図太さは漫画家として心強い武器になるに違いない。漫画家、堀マモルの次回作を楽しみにしている。
文・奈々村久生(映画ライター)
【制作・編集:Blue Star Productions】
【映画『マンガ家、堀マモル』作品概要】
・配信日:2024年12月2日(月)12:00~
・出演(敬称略):山下幸輝(主演)、桃果、岡部たかし、坂井真紀、三浦貴大、竹中直人、ほか
・監督:榊原有佑、武桜子、野田麗未
・原作・主題歌:seta『さよなら僕ら』
・エンディングテーマ:槇原敬之『うるさくて愛おしいこの世界に』
・制作:and pictures
・制作協力:Your Firms
・配給:NAKACHIKA PICTURES
・製作委員会:株式会社バンダイナムコミュージックライブ/株式会社and pictures/株式会社レコチョク/ナカチカ株式会社/株式会社NTTドコモ



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